Challenge

ビジョンを描く、挑戦の物語
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レアジョブの歴史
2020/09/14

#05 拡大成長のひずみ、うきぼりになった組織課題。 危機的局面を乗り越え、会社が生まれ変わるまで

「…これは、強烈な会社だな」と、藤田は衝撃を受けた。

用途不明の領収書が、経理担当のデスクに無造作に置かれていく。
売上予測は、中村がエクセルを使ってはじき出した数値のみ。予算制度はない。
CSやシステム開発、営業などに分かれていたものの、部署間での情報共有はあまり行われていなかった。
人事制度のベースは、『7つの習慣』。メンバーが増え続けるなか、実運用の限界に直面していた。
そして、職務権限の切り分けができていないがゆえに、講師数が1,000名を超えたにもかかわらず、彼らの給与計算は加藤が自らの手で行っていた。

すべては、加藤と中村の2人だけで決め、回っている会社。
予算、組織、制度などは明確に定められておらず、トップ2人の判断とサービス拡大の勢いのままに走り続けているザ・スタートアップだった。

2012年11月。当時のオフィス受付にて

藤田は、高校在学時に公認会計士を志して以来、監査法人やコンサルティング会社勤務、ベンチャー企業の取締役CFOでのIPO経験も経験してきたプロフェッショナルだ。
さまざまな経験を通して、藤田のなかでクリアになっていったのが“経営に携わりながら企業成長に寄与していきたい”との想い。
特に、かつて取締役CFOを務めたベンチャー企業では、上場後に会社を離れてしまった過去が胸にくすぶっていた。

そして、レアジョブと出会った。

加藤と中村の2人は、藤田よりも10歳近く若い。
しかし、20代で取締役CFOを務めていた頃、周りの経営陣は40代50代だった。
今度はそれが逆になるだけ。年齢がネックになることはなかった。

次こそは、上場を果たした後も成長し続けられる企業で、中長期的に経営参画していきたい。
まず自分が取り組むべきはIPOだ…と、思っていた。

入社直前、セブ島留学時

そして話は冒頭に戻る。

藤田は山積する課題を目の当たりにし、自らに課された使命――早期のIPOを果たす前に、本気の組織改革が必要だと覚悟を決めた。
レアジョブという会社を、根本から変えていかなければならない。
途方もないチャレンジであることは明白だった。

さらに、当時はサービスが急拡大していた時期。
若いスタッフばかりの社内には、前のめりに突き進んでいく雰囲気に満ちていた。
足場を固める意味での組織づくりよりも、さらなる拡大へのアクセルを踏むべく、経営の意識も常に攻めのスタンスだったのだ。

その矢先に起こったのが、受講者の個人情報流出が疑われる事故(インシデント)である。

外部からのウェブサイト不正アクセスによる個人情報流出の可能性が発覚し、約1カ月間、サービス提供を完全にストップ。
倍々成長には急ブレーキがかかり、一転、企業存続の危機的局面に立たされた。

藤田は、対策プロジェクトの責任者として現場の最前線で陣頭指揮を執った。
今でこそ「IPOのために入社したはずが、このまま会社をたたむことになるんじゃないかと思った」と振り返るが、もちろん当時はそんなことを考えている余裕などなかった。
発覚後はサービス全体を停止。原因究明と対策のため、夜となく昼となく奔走した。

受講者対応の最前線に立つカスタマーサポートは、壮絶な対応に追われることとなる。
当時の人員体制では、問い合わせの返信件数は1日に約100件、社員が加勢しても200件が限度だった。
「今日は何とか200件返信できた」と思ったら、新たに1,000件の問い合わせが寄せられていた…という状況である。
対応に当たっていたスタッフは「膨大な問い合わせに、1件でも多く、早く対応しなければいけない。あの時期は“必死に駆け抜けた”という感じで、実はあまり記憶が残っていない」と振り返る。
対策本部の朝礼は毎朝行われ、カスタマーサポートに寄せられた声が全社に発信されるようになり、はからずも、部署間の情報共有が進むこととなった。

しかし、二度と同様の事態を繰り返してはならない。

攻めと守りの機構に組織を切り分け、セキュリティに対して社内で牽制が働く体制に切り替えた。
そして、システム面の再構築、職務権限の明確化、予算制度も導入した。
サービスのストップで売上が断たれているなか、企業経営を存続するための資金調達も早急に必要だった。
対策本部の取り組みと並行しながら、息つく間もなく組織の立て直しを図り、そのままIPOの準備へと走り続けていった。

一大事だからこそ、社内の結束と解決に向けた推進力が欠かせない。
会社の先行きや生活基盤への不安を払拭するべく、スタッフには「給与は保証するから大丈夫」と早い段階で発信した。
フィリピン人講師にしても同様で、サービス停止は彼らにとって収入源の喪失を意味する。
決して資金が潤沢にあったわけではないが、報酬の前貸しなどの短期的な貸付も実施した。

厳しい状況下でも、実は喜ばしいこともあった。
受講者の有志で「#ガンバレアジョブ」という受講者からのエールが寄せられ始めたのだ。
後に、この取り組みの中心だった一人はスタッフとして入社している。
「レアジョブ英会話」がそれほどに受講者から愛され、必要されるサービスに育っていたという事実も、難局を乗り越える力をくれた。

受講者の方から自発的に始まった取り組みが、大きな励ましに

ゆとりがないながらも、経営陣の意識改革には手厚さが欠かせなかった。
レアジョブには、日本とフィリピンの2極体制を生かし、ローコストオペレーションによってサービスの価値を打ち出してきた歴史がある。
しかし、上場は株式が一般に広く売買されるようになることであり、より多くの株主の期待に応え続けていくことに他ならない。
きちんと利益を確保し、より良いサービスを提供していく必要性を、経営陣の2人が納得し、実践できるように藤田は伝えていった。

スタートアップから上場企業への変化は、決して地続きに実現するものではない。
当時のレアジョブにとって本質的に必要だったのは、さらなる成長に向けた足場固め。
マイナスからゼロへ、そしてIPOへという反転攻勢は、レアジョブにとって起死回生のチャレンジでもあった。

サービスの成長に対し、組織の成長が追いついていなかったがゆえに生まれていたひずみ。
それを正し、あるべき状態に整えることこそリスタートの一歩だったのである。

藤田の入社、そして経営と組織の根本的な変革を経て、レアジョブは上場企業になるというネクストステージに向かう扉を開いたのだった。

藤田 利之
取締役副社長
事業会社、監査法人トーマツを経て、ITベンチャー企業の取締役CFOとして東証マザーズ上場を実現。その後、KPMG FAS にて、M&Aや企業再生に従事し、2012年よりレアジョブに取締役CFOとして参画。2015年、取締役副社長就任。公認会計士。早稲田大学大学院ファイナンスMBA卒。